その犬の歩むところ

ボストン・テラン、文春文庫。

「あの子を連れていってあげたいのね」
「そうだ」
「どうしてそんなことがしたいの?」
 ディーンは飲みものを注いだグラスを両手に持って、その中を見つめながら話していた。その手が今、広げられた。そうすることでまるで何か特別な感覚をつかもうとでもするかのように。「ぼくはゆうべあの犬を道路で見た。小屋も見た。さらに今日、運動場であの犬を見たら……」一瞬、彼は昨夜自分が車を走らせていたときのことを彼女に打ち明けようかと思った。どんな思いでいたのか。が、それは思いとどまり、かわりに言った。「ほんとうのところ……あの犬は……ほんとうのところ、何も持ってない。何も」
“何も”と言ったところで、彼の声が涙声になりかけたのが彼女にはわかった。
「それってどういうことか」と彼は続けた。「それってどういうことなのか。ぼくにはよくわかるんだ」