大いなる遺産


ディケンズ河出文庫古今東西、キャラクター造型でディケンズに敵う人はいないと思う。ほかの作家が不器用にエピソードを重ねて説明する人物の内面を、ディケンズは、ちょっとした仕種やなにげない会話を使って1、2行で見事に描き出す。

とはいえ、得手不得手はあるのかな。彼の場合、下層民を描くのが圧倒的にうまい。ピップが金持ちになってからはつまらなくなったと思っていたら、意外なパトロンを明らかにしてプロット(ひねりも入っている)で読ませるのはさすがだけれども。

やはりピップと育ての親(ピップの姉の夫)ジョーの関係がいちばんぐっと来る。たとえば、ジョーの次の台詞。裕福になったピップを訪ねたとき――

「なあ、ピップ、人生ってのはな、言ってみれば、たくさんの分け目が溶接されてくっついてるみたいなもんだ。鍛冶屋、ブリキ屋、金細工師、銅細工師――そういう分け目がなきゃいかん。そしてそれを重んじなきゃならん。今日、うまく行かなかったところがあったとしたら、それは俺のせいだ。俺とお前はロンドンで一緒にいるようにはできてない。俺たちだけで、俺たちになじみの、俺たちが友達でいられる場所じゃないとだめなんだ。…(中略)…お前が俺に会いたいと思うんなら、田舎にやって来て鍛冶屋の窓から覗き込んで、鍛冶屋のジョーがいつもの焼け焦げたエプロンを着て、いつもの鉄床で、いつもの仕事をしてるのを見ておくれ――そしたら、俺もちっとはまともな姿をしてるはずだ。俺はうんとこさ頭が悪いけど、まあ、なんとか、これで言いたいことを叩き出したと思う。じゃ、ピップ、神様のお恵みがありますように。またな」