死者の奢り・飼育

大江健三郎新潮文庫。大学時代、医学部で屍体処理のバイトがあるという噂があって、いまでいう都市伝説のようなものかと思っていたが、この小説が出所だったんですね。同郷のノーベル賞作家となれば、もっと早くに読んでいてもおかしくないのだけれど、新聞などで見かける文章がどうも好きになれず、敬遠していた。

「死者の奢り」も悪くないが、個人的には次作の「他人の足」のほうがうまいと思った。そのふたつをはるかに凌駕するのが「飼育」。終戦直前の田舎の村に黒人兵が現れるなどという、大きなフィクションをしかける作家(夏休みの事件なら昭和19年しかありえないが、その夏、空襲はまだなかった)ということもわかりました。

僕も弟も、硬い表皮と厚い果肉にしっかり包みこまれた小さな種子、柔かく水みずしく、外光にあたるだけでひりひり慄えながら剥かれてしまう甘皮のこびりついた青い種子なのだった。そして硬い表皮の外、屋根に上ると遠く狭く光って見える海のほとり、波だち重なる山やまの向うの都市には、長い間持ちこたえられ伝説のように壮大でぎこちなくなった戦争が澱んだ空気を吐きだしていたのだ。